圧倒的なスマートフォンの時代に僕らはどう発信し続けていくか

どーも!アルビノ・エンターテイナー:粕谷幸司です。

先日、とある取材をお受けいたしまして。
その際にラジオについて、ワイワイとラジオ好き同士でお話ししてたんですが。
radiko.jp(ラジコ)は革命的でしたよね~」なんて盛り上がるさなか、ふと、最近思っていたことが頭の中でムクムクと大きくなったんです。

ラジオ、というメディアそのものに触れたことがない人たちもとても多くなった現代。
いろんなものをひっくるめて、発信→受信、という経路が、大きく変わったよなあ…と。

僕が生きてきた時代でいうと、
最初のころはテレビ・ラジオ(あと新聞とか)からの受信がほとんど。
もちろん常に、先生・友だち・家族とか「人」からも受信はしていて、これは今でもこれからも変わらない・無くならないのだけれど。

そういう「入ってくる」という経路から、時代は移り変わり、個人が「選ぶ・取りに行く」時代になりました。
ほとんどの人が、知りたくないと思えば「触れないという選択肢」を行ける時代。
自分が欲しいものだけを選んで、その感覚に近しい人とだけ繋がっていける世界。

大人になって「新しい友だち、ってどうやってつくるんだっけ?」と思うような感覚で。
果たして現代・未来の僕らは、どうやって「知らなかったことを知る」のだろう。

このブログKASUYA.netの、2017年1月1日~2017年4月26日までのアクセス、31,308PVのOSのデータ。


無料で簡単なリアルタイム・アクセス解析|忍者アナライズのもの)

iPhone・Androidだけで75%くらい。
4人に3人は、スマートフォンで読んでいる。

何かの外部メディアに掲載(引用)されるタイプのブログではないし(少なくとも今まであまり無いと思う)、粕谷幸司という人間がめっちゃ有名というわけでもないから、僕が僕の思うように、僕の書きたいことを書いているこのWebサイトへのアクセスは、そのほとんどが「僕のことを知っている」から見てくれている人か、または検索エンジンで何らかの「欲しい情報がここにあった」から見つけてくれた人、なんだろう。

ちなみに、Japanese Onlyなこのブログだから、ほぼ日本国内からのアクセスだとは思うのだけれど(だからiPhoneがAndroidのダブルスコア近いのかも知れないし、検索エンジンもYahoo!JAPANからのものが圧倒的に多い不思議)。
検索ワードも上から「アルビノ」「日本人」「人間」「モデル」「女性」…と続くので、やはりそうなのだろう、と思います。

「アレって何だっけ?」って想った時にすぐ、スマートフォンで調べて、求める情報を見つけ出す、というのがもっとも現代らしい「受信スタイル」。

そう、だから最近感じる「発信スタイル」の変化。
“誰かが求める(確信があって)から出す”ことしか出来ない(しづらい)世界なのかなあ、って。
しかもその“誰か”は、スマートフォンの向こうの究極の個人であり、そしてその個人がどれだけ“点在”しているのかを想像する感覚。

1000人のプールに絵の具を垂らすと浸透していく、のではなくて。
1000本のストローが刺さったコップにジュースを入れるような…。

例えにしてわかりやすいのか、むしろわかりにくいのか、わからないけれど。

そう、だからラジオ・テレビが持っていた「大衆」というような存在は最近わりと薄れてるように感じていて。
なるべく「多くの個人」に向けて何をどう発信するか、提供できるかという考えの変え方を、そろそろ必要とされてるんじゃないかな~と想って。

…そう言えばひと昔前。

テレビは「みなさん」って大衆という塊に向けて話しかけて、
ラジオは「ねえキミ」ってひとりの個人に向けて話しかける、
そんなような感覚があるんだ、って話していたラジオパーソナリティがいたけれど。

Webメディアを軸として考えていくと、どのあたりにフォーカスを合わせるのが好いのかなあ。
そんなことを考えながら過ごす春です。

そして「メディア」という発信側に立ち、つくり続けていく僕らは。
“発信していると知ってもらう方法”を、探し始めるころあいかなあ。

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