最新の「見た目問題」本『この顔と生きるということ』発売

2017年の『顔ニモマケズ ―どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語』(文響社)から2年。

最新の「見た目問題」本『この顔と生きるということ(朝日新聞出版)が発売になりました。
著者は、僕が何かとお世話になったりしているwithnews(ウィズニュース)の岩井さん。
新聞記者として、息子が「見た目問題」当事者の父親として、丁寧に取材を重ねて書かれた渾身の一冊のようです。

アルビノ・エンターテイナーこと僕は、第5章「見た目を武器にする」の幕開けを飾る感じで、僕が生きてきた過去から現代への流れと未来への兆しを、ネタ要素をしっかり盛り込んでインタビューされています。

アルビノとしては、僕こと粕谷幸司(@96mouse)のほかに、神原由佳さん(@y_kambara)、アルビノ・ドーナツの会の薮本舞さん、伊藤大介さん、日本アルビニズムネットワーク – JANでもお馴染みの矢吹康夫さん(@yabukiya03)が登場しています。

ぜひ、読んでみて感想を僕や岩井さんにお送りください~。

この顔と生きるということ アルビノ 粕谷幸司 紹介

本は、岩井さんがNPO法人マイフェイス・マイスタイルと出会い、自分の息子だけではない、世界中に存在する「見た目問題」を知るところから始まります。

新聞記者、ジャーナリストとして好奇心を刺激され、終始淡々と、わりと「正確に」エピソードが綴られている印象があるのですが、根幹にあるのは「外見に疾患のある子を持つ父親として」話を聞きたい、知りたい、そして自分も考えていきたいという気持ちが伝わってくる内容でした。

僕は最近、こんな感じのバランス感覚にとても関心を持っていて。
「こんなにかわいそうな人々がいる」とばかり発信し続けるメディアは好きじゃない、けれど取り上げられないのもちがうと思うし、いわゆる”感動ポルノ”のように「当事者たちはみんな頑張り乗り越え強く生きている」とばかり発信されるのも変だなーと思っているんです。
(僕のことを前からご存知の方はお察しの通りだと思いますが)

なので、この本に第5章「見た目を武器にする」が存在する意義のようなものを強く感じましたし。
岩井さんの素直な「でも本当は……なんじゃないか」と思いながら質問をぶつけ、それに正面から事実を返答する当事者の言葉に、強さを感じられるんです。

岩井さんの新聞記者らしい「事実を軸にした書き方」が、感想を読者に委ねているような、そして自分も考えながら進んでいく姿勢が、伝わってくると思います。

この本には、リンパ管腫、アルビノ、円形脱毛症、単純性血管腫、トリーチャーコリンズ症候群、海綿状血管腫、マッキューン・オルブライト症候群、マヒ、動静脈奇形、軟骨無形成症(小人症)、先天性眼瞼下垂、巨大色素性母斑などの当事者さんたちが登場します。

症状としてはそれぞれ全然ちがいますが「見た目」にあらわれているという共通点。
地域も時代もちがう当事者たちが、その「体験」で繋がりながら、それぞれ別々の経験値を持っていまを生きているという事実。

多分、涙を流すような本ではないし、カッとエネルギーが沸き立つような内容でもないと思います。
そう、わりと淡々と、こういう人がいました、こういうふうに考えています、と語られる感じ。

そこが、僕は好いな~と思いました。

トリーチャーコリンズ症候群の石田さんは

僕はこの見た目なので、初対面の人は話しかけにくいと思うんです。だから、自分から積極的に人に話しかけるようにしようと意識しました

第2章「学校生活という試練」 より

…と語っています。

そう言えば僕も、大学デビューに挑む際に、まったく同じように考えて(だってモテたかったし)、本来とんでもない人見知りな自分を奮い立たせ、手当たり次第(?)近くの人に話しかけまくっていたのを思い出しました。

症状は違えど、同じように考え、同じようにチャレンジしてみた人がいるんだなあ、って、繋がりのようなものを感じて、少し温かい気持ちになりました。


…正直、この本を読みながら、今更ながら感じたのは。
“悩んでいるから問題になる世界”なんだなーということでした。

僕は自分のことを「そんなよくあるストーリーのカウンターカルチャーだ」と位置づけていたりするのですが。

人はやっぱり、悩んでいる・苦しんでいるところがアンテナに引っかかり、何が起きているのか・どうすればいいのかと考え始める。それがようやく「問題」としての目覚めになる。

なんとなく、わかってはいたものの。
どこかそんな、ネガティブにばかり敏感な世間みたいものに違和感があって、だからこそ「そんなばかりだとみんなが思い込んでしまったら世界が窮屈になるじゃないか」と、僕がカウンター的アイコンであろうと思えたのですが。

それってやっぱりぶっちゃけて言えば「ネガティブありきのカウンター」なんだな、と。
令和に入りこの本が出て、ようやく僕も思い出したというか、再認識しました。

その上で。
この本に限らずあらゆる問題が、当事者だけにとどまらず、知識欲のような、好奇心でも良いからあらゆる人に、届けばいいなと思いました。

いじめられた経験がある人しか、いじめ対策を語らないのか。
結婚・出産を経験した人以外には、全く関係ないことなのか。
「見た目問題」当事者でも、苦しみ悩んだ経験が無ければ、語れないのか。

そんなことは、ないはずで。

僕はよく、アルビノについて「あなたの子供がアルビノとして生まれてくるかもしれない」という書き方や言い方をして、少しでも”他人事ではなく自分事”として考えてもらえれば…、と工夫したりしていますが。

それすら、ちょっと古いというか。
別に自分に直接(いまのところ)関係なくても、知って・考えてみりゃいいじゃん、と改めて思いました。

「見た目問題」を、そんなに深刻に考えすぎるのは、どうかなと思うのですが。
すごくすごく大雑把だけれど「(普通の)自分とはちがう人が、いろいろ、たくさん、世界には存在する」と、いわゆるダイバーシティの一部として、捉えられる時代になりゃいいじゃん、と。

僕が思うにこれからの時代はもっと「考える能力」が重要になってきます。

今、身近に、その問題が全く関係ないとしても。
「もし当事者と、ふと出会ったら?」って、想像するだけでも。
「自分だったらどうしようかなー?」って、空想してみるだけでも、これからの自分の人生が、少し多様性をもって豊かになるかも、と思います。

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