「アルビノで弱視の僕は…」幼い頃から かくれんぼ などの遊びが好きにならなかった

物心ついた頃にはもう、自分の視力が周りの人よりだいぶ弱い、ということを認識していた。

僕が生まれたのは昭和58年。
「テレビを見てると目が悪くなる」と強く言われていた時代。

テレビが大好きだった僕は、夢中になるあまり本当に“くっつくほど”画面に近づいてテレビを見ていた。
「離れて見なさい」とは言われていたけれど、僕にはもう「離れたら見えないじゃん」ということは理解できていた。

また、アルビノ、弱視なんて言葉は知らなくても、自分の目はメガネをしても周りの人と同じように見えるようにはならないんだ、とも、漠然とわかっていた。
これは、親が眼科やメガネ屋さんに僕を幾度となく連れていき、そして難しそうな顔をして帰ってくる姿から、充分に知ることが出来た。
実際、僕自身も、検査の段階で本当に見えないから「見えない」と繰り返し口にしていて、目の前の大人が困った顔をしていることからも「ああ、僕の目は困るんだな」と、漠然と把握していった。

僕の実家は親戚がたくさん遊びに来てくれる、なかなか賑やかな家だったのだけれど。
幼い頃は、何して遊べば良いのか、とても試行錯誤していた。

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