カテゴリー
note 再掲載

noteでのつぶやき(2019年8月・上)

(この記事は、 粕谷幸司|note に投稿した過去の記事を移植・加筆修正したものです。)

2019/08/01 16:06

バスが苦手です。

同じ路線?なのに行きと帰りで通る道がちがったりするし。
自分の都合で「降ります!」って意思表示して停めないといけないし。
バス停ってイマイチどこにあるかわかんないし。時間が多少前後するし。

電車の方が、すべて決まり切ってる感じで安心する。

2019/08/02 11:13

心底魅力的に感じる求人も「要普免(AT可)」で落胆する。
アルビノに伴う弱視の僕は、取ろうと思っても取れない運転免許。

けれどこればかりは仕方がない。
「必要とされる能力」が無いのが明白なのだから。
これは多分、差別とかいう問題ではない。

とてもガッカリは、するんだけれど。

2019/08/04 13:02

人は自分の能力不足を別の何かで代替して補う本能があると思ってる。

アルビノに伴う弱視の僕は幼い頃から、視覚能力が弱いから聴覚からの音声情報や嗅覚から得られる情報を、無意識から大事にしている気がしてる。

言葉や声で人を好きになることが多い。
においで人を嫌いになることも…多い。

カテゴリー
note 再掲載

とあるアルビノ・エンターテイナーの生い立ち[幼少~学生時代]

(この記事は、 粕谷幸司|note に投稿した過去の記事を移植・加筆修正したものです。)

1983年(昭和58年)8月2日、埼玉県所沢市に生まれました。
もちろんその時の記憶はありませんが、祖父も祖母も、父も母も、2人の兄も親戚たちもみんな“普通の日本人”の家庭に生まれた、髪の毛も肌も真っ白いアルビノの赤ちゃんに、さぞ驚いたことでしょう。

人によっては信じられないかもしれないですが、Yahoo!もGoogleも、個人用の携帯電話さえも存在すらしていなかった当時。
人のつてを頼り情報を探し、偶然近所だった防衛医大病院などいくつかの病院をまわり、なんとか「白子症」や「白皮症」のような病名を突き止めた母は、僕を兄たちと同じ地元の幼稚園に通わせました。

その頃の記憶もほぼ無いですが、外遊びの時間でも主に日陰で、ブロック遊びなんかをしていたと思います。
近所の友だちとも、よく遊んでいました。とはいっても、サッカーや野球で真っ黒になるまで走り回るわけにはいかず、もっぱら「おうちで遊ぼう~」と、それぞれの家を行き来する感じで。
ウルトラマンや仮面ライダーのソフビ人形や、戦隊ヒーローの変形ロボのおもちゃで、ごっこ遊びのようなことをするのが好きだった気がします。

任天堂の初代ファミコン(1983年 発売)が流行してくれていたおかげで、友だちにも家遊びが好きな子がたくさんいてくれたのは、今思うと恵まれていました。
とはいえ、今ほど各家庭に大画面テレビが当たり前にある時代ではなく、弱視な僕は画面に近づかないとよく見えませんでした。その結果、画面の真正面に僕がいると…「(僕の)頭が邪魔で画面が見えない!」と不評だったこともあり、そんなに上手くいかなかったような気もします。