アルビノの日本人エンターテイナー:粕谷幸司の公式ブログ。アルビノについてやエンターテインメント関連など、好きなこと気になること伝えたいことを大切に、書き留めて発信しているWebサイトです。

[日記]やめよう


やってみてやめるのも悪くない。
やってみてやめようと思うだけの意味を得られたから。


ある時「このまま突然、死んでしまったら、僕は何も無かったことになるのかな」と、ふと切なくなった。
生きる意味のようなことをいつも考えている僕だから、さほど不自然なことでもない。

それと最近、本当に記憶がどんどん失われていくことにも寂しさを感じていた。
まずい病気かも…と不安になったりもしたけれど(そしてその不安は拭い去れはしないけれど)、まあ年齢によるものかなと思うことにして。
そりゃあ、何十年も生きてくれば、全部を憶えていることなんて無理だろうし。忘れる程度のことなんだからいいだろう、そういうものだろうと考えるようにはしたのだけれど。

日々、何かしらを考えているのに、それが「何もなく消えていく」ことに、切なさと、虚しさと。
だからまずは毎日日記を書いてみて、消え続けていくものを残してみたいと思ったんだ。

それが、2022年8月の毎日ブログ日記更新だった。


ところで僕は、整理整頓好きとしても表現者としても、“何にもならない”ような物事がわりと嫌いで。
たとえば何年も使っていない物は、それが多少の思い入れがある物でも「捨てようかな」と思う。
たとえば表現活動ひとつにしても、誰も求めていない見も聞きもしないなら「やめよう」と思う。
…それでもどうしても捨てたくない、やめたくない大切な物事は勿論あるのだけれど。

少し拗れているところで、今回の毎日日記についても、積極的に「見てください!」というものでも無かったけれど、絶対的に「誰かに読んで欲しい」とは思っていた。
けれど結果、多分、誰も読んでいないので。

毎日日記は、丁度1ヶ月やってみて、やめることにした。

僕は今回、日記を書くというリマインダーをGoogleカレンダーに毎日設定して、毎晩の寝る前に更新する、というルーティンを試してみた。
さほど型は決めずに、とにかく毎日書くということだけで始めてみて。すぐ苦痛に感じるかな?飽きるかな?とも予想してみてはいたのだけれど。
案外、毎日書くということは、そういう自分なりのやり方を作れさえすれば難しくはなかった。

幼い頃、夏休みの宿題で日記とか全然続けられなかった自分が嘘みたいだ。
いや…もしかしたらそんな、過去に上手く出来なかったことだからこそ、人生経験もあって今、出来るようになったのかも知れない。


功績として、シンガーソングライターの柴田淳さんとTwitter上でやり取りさせてもらえて嬉しかったー。

そして改めて「日記とは…?」と考える機会になった39歳の夏。

実際には僕は、本当に誰にも見せない本音で書き殴る日記を、ここ何年も続けているし、そっちはまだ、もう少し続ける予定です。


それと、やってみた意味として。
「毎日書こう」と思ってやってみたら、すぐ出来たという結果は、物書きとしてのリハビリのような裏の狙いもあって。

これからは…「久しぶりにブログ書くぞ…!」と妙に意気込まなくても。
書きたい思いがあれば、書こうと思いさえすれば、いつでも書けるという自信が持てたと思うから。
ウォーミングアップ完了として、これからは書こうと思ったらブログ記事、書いていくので。

読んでください、必ず!
(「誰も読んでくれないなら書く意味ない」と思うタイプの表現者なので!)


ところで最後に。
こうして実際に「やります」と宣言してやってみて、その結果「やめます」と宣言してやめること。
そこもひとつ、重要な気がする。

[日記]有言実行から不言不実行のグラデーションにも書いてみたんだけれど。
考えてみて、誰にも言わず、そして実行しないのは本当にダメだと思う。
でも僕は、言葉にして表明してみてやってみて、その上でやめる方が…、黙って自分だけ動いてみて、黙ってやめることにする「すべてを無にする」よりも数億倍、良いと思う。

そんなようなことを、今日(2022年8月31日)配信分のProject One-Size Podcast ラジオ でもおしゃべりしてみたので、そちらも聴いてみてください。


読んだらお気軽に話しかけてください!



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