「見た目問題」総合情報誌『マイ・フェイス』 最新号に想う

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

「見た目問題」総合情報誌『マイ・フェイス』 2011年春号 Vol.005
2011年5月31日に発行されました。

「見た目問題」総合情報誌『マイ・フェイス』2011年 春号

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しかも、タイミング同じくして、新宿西口の書店ブックファースト新宿店にてお取り扱いが始まったのだそうです。

インターネット経由でも、一部書店でもお買い求めいただけそうです。
どうぞよろしくお願いします。


さて。
その最新号の、僕のコラム『アルビノ・マイライフ』にも、少し(にじませる程度に)書いたことなのですが。

僕は正直、弱々しくて苦しくて悲しくて、可哀想すぎる“当事者の叫び”が苦手です。
止めどなく溢れ続ける涙を、ただ拭いてあげることしか出来ない自分なんて、嫌いです。

つらい。くるしい。死にたいほどキツい。
その気持ちのひとかけらくらいは共感できるし、共有しているとは思っているのだけれど。
不幸のどん底、何らかの被害者にしてしまうほど、僕は非情でも冷血でもないはずだと、信じているのです。

だから、今回のコラムのタイトルは「笑えるくらいに最強の」と、刻みました。

目の前で泣いている人に、何をしてあげられるのか。
そんなことを、よく考えているのです。

少し長くなる(ダラダラとした)僕の考えは、以下に続けます。

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僕の考え方の、ひとつの軸

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

「よく本名や顔をインターネット上に晒せるね。よっぽどナルシストなのか?」
とか、けっこう言われる。
「アルビノも含めて、自分が好きなんだろうね。」
とか言われることも多い。

それについては否定しないけれど(自分のことキライなわけじゃないし)。
けれども特別に好き、大好き!というわけでもない。
表現することや、なにかひとつでも伝えようとすることが好きなだけ。

総合情報誌マイ・フェイス制作現場

マイ・フェイス』に連載してる僕のコラムに、色んなことを書いてきた。

2010年4月の創刊号「アルビノは聖人みたいに育つ」では、生まれつき目立つアルビノとして、その育ち方を書いた。
普通にしていても「普通じゃない」という、生まれたときからの自分を捉えたうえで、自己紹介がてら、僕が選んだ生き方について。

2010年7月の夏号(vol.002)では、「可能性は、等しく無限大」という珍妙なタイトルをつけて。
僕を、ある意味《自由》に育ててくれた親の話とか、アルビノは「劣っているのか」とか、そういう話を書いた。

2010年10月の秋号(vol.003)では、「“当たり前”を見つめ直す」だなんて超ド直球なテーマで、“普通の人”と“アルビノな僕”の違いについて、考えてみた。
世の中のほとんどの人が「そんなことはない!」と思いながらも持っているであろう「ガッチガチの先入観や固定概念」について、見つめ直してみたりして。

2011年1月の冬号(vol.004)では、なぜか赤裸々に僕自身の好みのタイプを暴露してみたりして。
そのうえで、見た目問題は「恋愛の妨げにはならない」というテーマ。
書き綴っていることは最終的に「自分が好きな人と愛し合おう」みたいなフツーのことなんだけど。
それを、見た目問題の当事者に向けてけっこうマジメに書いてみた。

そうして色々考えてみて。
やっぱり“アルビノであるということ”は、人生においてとっても大きなファクターなんだなぁと思う。
「弱点」とか「個性」とかいうんじゃなくて。
ただアルビノであるだけでも、ものごとの受け止め方が違ったり、アルビノだからこそ考え方や行動にも、ちょっとした差異が生まれるんだし。

だから、やっぱり僕は「アルビノで生まれたから、今がある」という結論になるのです。

だから、アルビノだから僕は、表現や伝えたいと思うことをするようになったということは、まったくもって否めないわけです。

そしてこれからも死ぬまでアルビノである僕は、やっぱり表現や伝えたいと思うことを辞めないだろうと思うのです。

総合情報誌『マイ・フェイス』読んでね~。

母の言葉にジンとする

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

先日、雪のふる中、実家に帰ったんです。
「家が建ったよ、みんなで一緒にご飯でも食べよう」って。

ちょうど1年前ごろ。
色々な思いを残しつつ、自分の部屋を太処分して。
間もなくして、跡形もなくなった“実家跡”を見に行って。
しばらくは本当に「実家が無い」という寂しさを抱いて暮らしていた気がします。

そして、幾分か小さくなって建った実家に、みんな集まってご飯。
いつもと変わらないような、生まれて初めてのような。
懐かしいような、新しいような顔ぶれが、面白くもあり、物悲しくもあり。
けれど、これから始まる新しい家族は、やっぱり幸せな気がしました。

もっと幸せになっていこう、もっと楽しくなっていこう。
家族の関係だって、今よりもっと良くできる。今よりもっと、最高の家族になっていける。

そんなことを、何気なしに考えていた僕に。
「見た目問題」総合情報誌『マイ・フェイス』最新号(Vol.004)を読んだ母から、僕が生まれたばかりの頃の話を聞いた。

(ちょっと長くなるので、続きは以下から)

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