駒澤大学での「生きている図書館」風景

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

いやはや!
物事には、始まりがあり終わりがある。
広報の担当者として勉強していたときによく「予告→告知→報告」を意識していたんですよね。
つまりインターネットサービスでは「新サービス開始の予告」「新サービス開始の告知」「新サービス開始後の報告」。

どれかひとつだけでは広報は成り立たなくて、始まりから終わりまでの流れ・情報をすべて把握して広く報じていくということが仕事だった、ということなんですよ。

で、駒澤大学・深沢キャンパスでおこなわれたリビングライブラリー。
当日はどうなることかと思いましたが、終わってみれば、駒澤大学にとって初めてのリビングライブラリーにしてはかなり楽しい仕上がりだったのではと思います。
学生スタッフサイドからは重ねて「至らぬ点がありまして…」と頭を下げられましたが、初めてのコトが大成功したら、それはアナタ天才ですから!
今後につなげる、さらに向上していくことが大事なのかなと思います。
スタッフの皆さん、お疲れ様でした。

で、僕はというと。

マイフェイス・マイスタイルのブログより)

終始、フワフワとしながら小さな笑いをいただきつつ、まともなことを言ったような雰囲気を作り続けていました。

ユニークフェイス手塚さんのブログより)

…っていうか、自分の出演したイベントの写真とかって、自分で撮ってる余裕はなかなか無いんですよね。
なので、ちょうど僕が写り込んでるお写真をお借りしてきました。

MFMS代表の外川さん、ユニークフェイスの手塚さん、ありがとうございます。

こういうイベントに参加すると、自分の存在意義のようなものを多少感じます。
いま、僕にしかできないことがあるような気がします。
僕にしか語れない言葉があるような気がします。

「本」として、情報を提供する立場に立たせていただきながら。
僕も本当に、たくさんの人とお会いして、たくさんのことを感じることが出来ました。

出会いを、ありがとうございます。

「斜視」も見た目問題かも?

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

僕は、自分自身がアルビノであるということや、“見た目問題で悩まないための総合情報誌”マイ・フェイスにコラムを連載していることなどもあり、見た目に関する問題に関心があるのですが。

以下のような記事を見て、これもちょっとした見た目問題なのかな?と思ったのです。

斜視の子どもが「誕生日パーティーに招かれない」などの差別を受け始めるのは6歳から – GIGAZINE


▲斜視ってこういうの

前記の記事によると、パッと見で「眼位について気付いた」6歳以上の子どもが半数程度。
また、6歳以上の子どもの3割以上が、誕生日会に斜視の子を招かないという選択をしたのだそうで。

対象者が子供なので、深刻に「斜視が嫌だから差別した」のかどうかはハッキリしにくいですが。
結果だけを見れば「斜視の子は、斜視じゃない子よりもお誕生日会に招かれにくい」っぽいです。

僕も上記の写真の通り、斜視になるクセがなくもないので、記念写真なんかの時には気をつけるようにしていますが…。

案外ヒトは、そういった細かな“差異”とか“違和感”に敏感で、単純な理性とはまた違ったトコロで、差別というか拒否反応をしてしまうものなのかも知れませんね。

頑張ってでも、馬鹿でいようぜ!!

(この記事は、過去に運営していたブログ『彩り my life』の記事を移植したものです)

これどう?馬鹿っぽくない!?

僕の人生は、まぁそんなに誇れるものじゃないです。
楽しんではいますが、立派なものじゃないです。
幸せいっぱいですが、人にお勧めはできません。

でも、だから思うんですよ。

ここまで来たら、むしろ馬鹿でいようじゃない!?

賢くならないと、生き難い世の中だとは思いますよ。
聞いたことのないビジネス用語を次々覚えなくちゃならないし。
なんでもかんでも理論的に、堅苦しい言葉で丁寧に順序立てて話さないと点数をもらえないし。
正直なところ飯を食っていくには、金にならないことはやっちゃいけない時代ですよ。

と、僕は感じますよ。

けれども、馬鹿にしか見えない世界があることを、馬鹿な僕は知っている☆
キラりん☆

そして、馬鹿にしか見えない世界のほうが、
賢い人にしか見えない世界より、多くの人の心に伝わるし、
理由もなく輝いて見える、夢にあふれて見える、
と、そう信じられる気がしないかい!?

そして、馬鹿スタートのエンターテイナーこそが、
その“馬鹿にしか見えない世界を人に伝える”というチカラを持ってるんじゃない?

そんな価値ある馬鹿だと自分に自信を持てたのなら、
むしろ現実のほうが可笑しく見えて苦しく思えるから、
あえて苦しい現実もオモシロ可笑しく、
馬鹿で生きて行けるんじゃないかしら!?

そんなこと思うのよね。

だから、僕は馬鹿な人生が好きよ。