【2021→2022】大変お世話になりました!そして…

お仕事で大変お世話になりました皆さま、
いつも僕の表現活動を応援で支えてくださる皆さま、
僕に生きる力を届けてくれるすべての皆さま…。

本当にありがとうございました!

アルビノ・エンターテイナー:粕谷幸司

2021年は『オールナイト声優フジ』の初回から携わらせていただいてバタバタしたり、
今の僕のTwitterアイコンとしても使用している最長ロングヘアにしてみたり…。
アルビノの日本人の白い長い髪の毛[キービジュアル]

なんとかバランスを取りながら、
引っ越しもしてみましたり、YouTube Liveだけでも…細々と続けてみたり、
けれど夏には新型コロナウイルスに倒れたり…。

振り返ってみれば、年始に書き出してみたやりたいことリストは…
「ハリネズミちゃんと暮らしたい」
「表現者であり続けたい」
「大切な人との大切な時間を大切にしたい」
「さらに整理整頓をしたい」
「ちゃんとアレルギーチェックしたい」
…正直、全部不達成でした!

なかなか…、難しいもんですわ、生きるってね…。

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死ぬ気になれば…そこから逃げることもできる

「死ぬ気になれば何でもできる」というフレーズに、いつからか小さな違和感をおぼえてる。

大体このフレーズが使われるのは、しんどくてしんどくて、もう無理だーと思うときに“他者から”じゃない?

死ぬ気になれば何でもできるんだから…どんなにツラくて無理でも頑張れよ、みたいな言われ方をすることが、多い(ような気がする)。

けどねえ〜、死ぬ気になってまでやることなのかな?と、考える余裕が無い状況で「死ぬ気になれば…」とさらに追い込むのってどうなんだろうねえ。

今の時代、体が丈夫でも心が壊れてしまうのは良くないと、ちゃんと浸透してきているし、理解されてきているし、当たり前になるべきだと思うから。

むしろこの言葉は、自分の心身を護るために、大切な人を壊してしまわないために。

「死ぬ気になれば何でもできる。」

学校だって死ぬよりは行かないで良いし、会社だって死ぬよりは休んだって辞めたって良いし、家庭だって死ぬよりは離れてしまって良いし。

死ぬ気になれば、自分の心身を護るために、そこから逃げることもできる。

という意味で、このフレーズを使えるようになれると、良いねえ。

noteでのつぶやき(2019年9月)

(この記事は、 粕谷幸司|note に投稿した過去の記事を移植・加筆修正したものです。)

2019/09/02 22:27

気付けばアッという間の2時間で「楽しかった〜!たくさん話した!満足!」という飲みの席もあれば

気付けばアッという間に4時間とか経ってて「まだ話し足りないな〜!すんごく楽しい!」という場合もあり

たった2時間でも「こんなに耐えてんのに全ッ然時間が進まねえ!」なんて思うこともある

2019/09/03 20:15

大切な決断をするためには
経験や情報や発想のほかに
時間も大いに必要だと思う

時間が完全に不足している中で
どんなに必死に頭フル回転させて考えて結論を出したとしても
「考え尽くした」と思えるところまで辿り着かなければ
間違いだったときの言い訳が
どうにも納得ができないと思うんだ

2019/09/04 23:26

弱い者を助けるために
大切な人を守るために
持っていなければならないものがある

例えば金、例えば力。

誰かのために使える金
誰かのために使える力

けれど決して
それを追い求める生き方はしたくない

金のために、力のために生きるんじゃない。
誰かのためにこそ生きたいのだから。

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