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アルビノ(アルビニズム)

アルビノの子を預かってくれる幼稚園や保育園の先生へ

先日、とても素敵なメールをいただいたんです。
それは…、僕の幼稚園のときの担任の先生から…!

アルビノ関連のサイトをたまたま見ていたら、僕が出てきてびっくりした!とのこと。

覚えてないかと思いましたが、私にとって忘れられない園児さんです。可愛くてたまらなかったですよ。

いやはや…、嬉しいですねえ~!

アルビノ 幼稚園児 粕谷幸司

正直なところ、30年前の幼少期のことなので記憶はほぼ皆無ですが、たぶん、とてもたくさんお世話になったんだろうな~と。
当時は今のように、インターネットで豊富な情報を手に入れることもできなくて、 ご苦労もいろいろとおかけしたんじゃないかな~…と。

アルビノは古より存在する遺伝子疾患なので、シンプルに言うと過去もこれからも必ず生まれてきますし(確率はとても低いですが)、その子らも当たり前のように幼稚園や保育園に通うことがあるわけです。

これも大切なご縁ということで。
これからアルビノの子を預かる(かも知れない)幼稚園・保育園の先生方に向けて、大切なことをまとめておきます。

あ、これからアルビノの子を幼稚園や保育園に預ける親御さんにも、参考になると良いな~と思います。

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note 再掲載

とあるアルビノ・エンターテイナーの生い立ち[幼少~学生時代]

(この記事は、 粕谷幸司|note に投稿した過去の記事を移植・加筆修正したものです。)

1983年(昭和58年)8月2日、埼玉県所沢市に生まれました。
もちろんその時の記憶はありませんが、祖父も祖母も、父も母も、2人の兄も親戚たちもみんな“普通の日本人”の家庭に生まれた、髪の毛も肌も真っ白いアルビノの赤ちゃんに、さぞ驚いたことでしょう。

人によっては信じられないかもしれないですが、Yahoo!もGoogleも、個人用の携帯電話さえも存在すらしていなかった当時。
人のつてを頼り情報を探し、偶然近所だった防衛医大病院などいくつかの病院をまわり、なんとか「白子症」や「白皮症」のような病名を突き止めた母は、僕を兄たちと同じ地元の幼稚園に通わせました。

その頃の記憶もほぼ無いですが、外遊びの時間でも主に日陰で、ブロック遊びなんかをしていたと思います。
近所の友だちとも、よく遊んでいました。とはいっても、サッカーや野球で真っ黒になるまで走り回るわけにはいかず、もっぱら「おうちで遊ぼう~」と、それぞれの家を行き来する感じで。
ウルトラマンや仮面ライダーのソフビ人形や、戦隊ヒーローの変形ロボのおもちゃで、ごっこ遊びのようなことをするのが好きだった気がします。

任天堂の初代ファミコン(1983年 発売)が流行してくれていたおかげで、友だちにも家遊びが好きな子がたくさんいてくれたのは、今思うと恵まれていました。
とはいえ、今ほど各家庭に大画面テレビが当たり前にある時代ではなく、弱視な僕は画面に近づかないとよく見えませんでした。その結果、画面の真正面に僕がいると…「(僕の)頭が邪魔で画面が見えない!」と不評だったこともあり、そんなに上手くいかなかったような気もします。

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Project One-Size アルビノ(アルビニズム) 粕谷幸司

withnews(ウィズニュース)にアルビノの日本人の僕のインタビュー記事がっつり載りました

僕はやっぱり…、真っ向勝負してるんです!(笑)
アルビノ・エンターテイナー:粕谷幸司です。

Yahoo!はじめ色んなニュースサイトに配信されていますが、「見た目問題」アルビノを武器にした男性の決意 「僕は可哀想?」 – withnews(ウィズニュース)という記事が出ました!

Japanese Albino Entertainer

そうです!胸毛もワキ毛も下の毛も、全身が真っ白なアルビノ、粕谷幸司です!

いつも通り、僕の人生について、考えについて、素直にそのまんま、話させていただきました。
すぐ可哀想な話になるアルビノ。
けれど、やっぱり…「僕は、このアルビノを悲劇にしない」。
多くの人に、フラットに、読んでもらって「ふ~ん」と思ってもらえたら良いな。