35歳・独身・大人のアルビノの僕が幼児に「なんで みんなと ちがうの?」と聞かれて難しく感じてしまうのは

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あっ、一説では「長生きできない」という噂もありますが、今年で35歳になります。
東京ディズニーリゾートと同い年なんだね、と憶えておいてください。

入院経験もなければ、皮膚科にも眼科にも通院してません。
歯医者には行ってます。
ディズニー行きたい(女の子と)。
健全で健康なアルビノ・エンターテイナー、粕谷幸司です。

先日、幼児から聞かれました。

「こうじくんは なんでわたしと みんなとちがって しろいの?」

ムムムッ…!

これまでのアルビノ人生で、数百回か数千回か、数え切れないほどされた質問なんだけれど。

自分が幼児ではないから、同じ目線で「うまれつきなんだってー」と返答しておしまいにするのも少し違う気がして。
けれど、正しいからといって「アルビノっていう、メラニン色素が生まれつき体内にない現象でね…」と解説したところで、理解できなければ答えにはならないだろうし。

自分が、相手と大きく違う年齢・環境だったりすると、答えもまた大きく違ってくるもんだ。

ものっすごく悩んだなあ…。

「う~んとね…」と、目の前の幼児に向かって返事に臆していたら、その幼児のお父さんが言いました。

じゃあ、なんで自分の髪は黒いんだろうね?
なんでみんなは、自分と同じで黒いんだろう。

なんでみんなと違うんだろう、なんでみんなと同じなんだろう?

なるほど、なかなか哲学的!
相手が幼児なので、その後「え?わかんない」ってぶった斬られてましたが
それもひとつ、アリな答えだなあ、と思いました。

「なんでみんなとちがうの?」という疑問は、深く考えれば日本人らしくて。
基本的にすべてのことが“みんな同じという普通”の国。
その普通が根付く環境だから「なんでみんなとちがうの?」という疑問が生まれる。

試すまでもないけれど、多人種の国では「なんでみんなとちがうの?」なんて質問は違和感でしか無い。
「ハァ? そりゃ親がみんなちがうからだろ?」
考え方としては、そんな感じかな?
というか、みんな肌も目も髪も色が違うんだから、みんなとちがうなんて考え方がちがうのか。
みんなが一緒、とは考えないんだから。

生まれてから過ごす環境として。
この国ではほとんど両親が同じ色で、その親戚や家族もほとんど同じ色。
おじいちゃんやおばあちゃんが白髪でも「おじいちゃん・おばあちゃんだからね」というのが自然。
そしてほとんどの場合、公園で知り合う近所の子も、保育園・幼稚園で出会う子たちも、同じ感じの色。
あえて答えを出すのであれば…島国日本だから?
いろんな人種が入り混じっていないことが良いとか悪いとかは知らないけれど、そんな日本だから、かな。

本当の理由なんてどうでも良いんだけれど。
そんな幼児に聞かれて難しく考えてしまいがちな僕ら大人が形成している現代社会はまだ、みんな同じであるべきという古の思想が強く残っているということかな。
いやいや、右とか左とか、どちらが良いとか悪いとかは知らないけれど、たぶんそんな日本なんだ。

そして、難しく感じてしまうのは、みんなと同じが良しとされている社会で、みんな同じじゃなくて良いじゃんと想う個人だ、というところか。

けれど、古から受け継がれる「我が国の民は皆こうである」という日本概念がガラリと変わることもないだろうし変えるべきかどうかもわからんので。

例えばもうずっと大人の僕が今後、幼児から聞かれたら、どう答えようか。
「うまれつきだからねー」ではあいまいすぎて、大人に質問をしている幼児の求めるところと違うと想う。
でもやはり、知らない・わからない言葉で正しい情報を投げても意味がない。

情報と、感情を、併せて言葉を選びたい。

「…それはね、僕だからだよ。
 みんなとちがって白いのが、僕なんだ。」

そういうことかも知れない。

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