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note 再掲載

アルビノ・エンターテイナーという存在について

(この記事は、 粕谷幸司|note に投稿した過去の記事を移植・加筆修正したものです。)

僕は2011年~2014年ごろ、NPO法人マイフェイス・マイスタイルという団体で「見た目問題」の啓発活動をしていたのですが。

それまで、自分の生まれ持つアルビノについて

 生まれつき、体内のメラニン色素を生成する能力が無い(または極端に少ない)遺伝子疾患。
 体毛や皮膚など全身の色が極端に薄い見た目に特徴がある。弱視・羞明など視力が弱いことが多い。

…のような説明をすると。
「あらあ~、かわいそうねえ」
「小さいころは“やっぱり”いじめられたんでしょう?」
「就職も難しいでしょうねえ」
「(生きるの)大変だと思いますが、がんばってくださいね」
と、ほとんど毎回、言われていました。

正直、これがすごく嫌でした。
まるで「普通の人より劣っていますね」と言われているような。
まるで「いじめられるべき存在ですね」と思われているような。
まるで「一緒に働きたくない存在です」と選別されているような。
まるで「幸せに生きられないですよ」と、烙印を押されたような。

アルビノだというだけで、どうしてそんな目で見られるんだろう?と。

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YouTube インターネット

【煽らない系ユーチューバー】活動を積極的に2ヶ月くらいしてみて感じたこと

あらためまして、どうも!
僕は、このアルビノを悲劇にしない。
アルビノ・エンターテイナーで、煽らない系ユーチューバーの、粕谷幸司です。

お疲れさまで~す。

チャンネル登録・高評価・コメントたくさん、ありがとうございます~っ。

※予めお伝えしておきますが、この記事は長くなります。

ユーチューバーの心構えメモ
▲11月に僕がユーチューバーをはじめるにあたって書き出したメモ

世の中でユーチューバーという存在が認知されはじめたころから。
「キミもユーチューバーやってみたら~?」と、たくさんの方からずーっと言われていました。

けれど僕の中で、しっくりこなかったんです。

肌に合わなさそう…というか、目に付くのは「ちょっと悪いことをして目立とうとしている人たち」だったりして。
例えるなら「どれだけイッキ飲みできるか競っている人たち」みたいな。

(お酒は美味しく楽しく気持ち良く飲めばいいのに…)
(体壊したり周りに迷惑かけたり…何のためにしてるの…)

ただの例えですけど、そんな風に思ってしまう僕は、少なくとも「イッキ飲みで目立とう」とも「囃し立ててやろう」とも、思えなかったんですよね。

(…僕も昔は、そういうウェイウェイした飲み会が好きな時期もありましたが…。)

アンチ、というわけでもなくて。
そういうコンテンツは僕はあまり好きじゃないから見ないでいいや、と思ってましたし。
そういう人たちのやっていることを真似しようとは思わなかったので。

わりと気軽に「ユーチューバーでもやったら良いじゃん」という方たちの言葉は僕に響くことはなく、しばらく時は流れました。

「あ、今かも。」と思ったタイミング

2019年10月ごろ。
僕の人生の師匠の1人から、何気ないタイミングで言われたんです。

(「飲食店でバイトとかしながら将来自分のお店を持つとか…」と、ぼんやりした方針を話していた僕に対して)

「粕谷くん…、飲食店をやる、そのために今は修行としてアルバイトをする、それも悪くないとは思うんだけど。
 エンターテイナーであり続けることは、やめられないでしょう?
 その、粕谷くんが思うエンタメ活動と、飲食店をやることとは、掛け合わせるにはハードルが高い気がしない?
 生まれ持ったアルビノという見た目の武器を活かして、エンタメをし続けるなら、大好きで続けているラジオも良いけど、映像じゃない?
 動画でしょう。YouTubeで表現活動、エンタメをしてみる方が向いてるし、少なくとも幸せを感じられると思うけど。」

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インターネット スマートフォン

圧倒的なスマートフォンの時代に僕らはどう発信し続けていくか

どーも!アルビノ・エンターテイナー:粕谷幸司です。

先日、とある取材をお受けいたしまして。
その際にラジオについて、ワイワイとラジオ好き同士でお話ししてたんですが。
radiko.jp(ラジコ)は革命的でしたよね~」なんて盛り上がるさなか、ふと、最近思っていたことが頭の中でムクムクと大きくなったんです。

ラジオ、というメディアそのものに触れたことがない人たちもとても多くなった現代。
いろんなものをひっくるめて、発信→受信、という経路が、大きく変わったよなあ…と。

僕が生きてきた時代でいうと、
最初のころはテレビ・ラジオ(あと新聞とか)からの受信がほとんど。
もちろん常に、先生・友だち・家族とか「人」からも受信はしていて、これは今でもこれからも変わらない・無くならないのだけれど。

そういう「入ってくる」という経路から、時代は移り変わり、個人が「選ぶ・取りに行く」時代になりました。
ほとんどの人が、知りたくないと思えば「触れないという選択肢」を行ける時代。
自分が欲しいものだけを選んで、その感覚に近しい人とだけ繋がっていける世界。

大人になって「新しい友だち、ってどうやってつくるんだっけ?」と思うような感覚で。
果たして現代・未来の僕らは、どうやって「知らなかったことを知る」のだろう。

このブログKASUYA.netの、2017年1月1日~2017年4月26日までのアクセス、31,308PVのOSのデータ。


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